山田しゅうじ突撃インタビュー


山田しゅうじ議員に、これまでの半生を振りかえってもらい、その幸せ度をグラフにしてもらいました。このグラフをもとに、インタビューをおこないました。


Q1:生まれはどちらですか?
A1:石川県加賀市大聖寺の「山長」やまちょうという織物工場です。現在その場所は、「深田久弥 山の文化館」になっています。

「深田久弥 山の文化館」


Q2:育った場所はどこですか?
A2:父が、加賀市小塩辻に新設した工場の責任者となり、「ものごころ」がついた頃は小塩辻でした。小塩辻は梨の産地です。小中学校は、加賀市立錦城小・中学校に通いました。学校の裏の錦城山には大聖寺城の城跡がありました。私が育ったのは、加賀百万石の支藩の大聖寺藩があった所です。


Q3:高校・大学は何をして過ごしましたか?
A3:高校時代は金沢市寺町、泉野で下宿し、まじめな高校生活でした。大学時代は東京の母の実家に間借りし、体育会のバトミントン部で部活に明け暮れていました。


Q4:どうして農林水産省に入ったのですか?
A4:私の生まれ育ったところが農村地帯で、親しみがありました。また、「公務員は弱者を助けるのが本来の役割」と思っていたので、厳しい局面にたちやすい産業を支援したいという思いもありました。


Q5:奥さんとはどちらでお知り合いになったのですか?娘さんにモス子ちゃんと名前をつけようとしたのは、本当ですか?
A5:家内とは大学のサークルで知り合いました。
農水省入省後、日ソ漁業交渉の実務責任者として、モスクワに何度も行きました。その時に娘が生まれたので、モスクワの英語名「モスコー」と、お腹の子を呼んでいました。周囲の反対で名前にするのはやめました。


Q6:埼玉県の課長時代はなぜ幸せ度が上向きなのですか?
A6:中央の省庁にいるとデスクワークが多いのですが、県庁では地元の方々と現場でいろいろな話ができて楽しかったです。今でも親しくお付き合いをさせていただいています。


Q7:パリでは何をしていましたか?
A7:OECD(経済協力開発機構)の代表部に3年間外交官として勤務しました。OECDは先進国で構成される国際機関で、関税や各国の政策を今後どうするか等を協議しています。
パリで一番興味深かったことは、都市と農村との関係でした。フランスは夏の長い休暇が有名ですが、皆が観光地や避暑地に行くのではなく、都会の人が農村地帯に滞在して、そこでの生活を楽しんでいます。また、都会ではマルシェ(青空市場)が定期的に開催されて、農村の人が野菜などを売り、都会の人はそこで新鮮なものを買うのです。
このような行き来により、都会と田舎がお互いを身近に感じるようになっていて、「これはいいな」と思いました。この経験は、本にまとめました。

山田修路著「むらとまちを結ぶフランス」家の光協会より出版


Q8:農林水産省に戻るとどうして幸せ度が下がるのですか?
A8:一般に国家公務員は夜遅くまで仕事することが多いです。なぜかというと、仕事全般が多いこともありますが、昼は議員や一般の方々に説明する仕事が多く、夜は明日すべきことの準備をしたり、将来の企画を考えたりしているからです。睡眠時間が少なく、家族と過ごす時間がほとんどなくなってしまいました。


Q9:農林水産省では法律を作る仕事をしていたと聞きました。どのような法律ですか?
A9:たくさんの法律の制定、改正に関わりました。まず、「市民農園整備促進法」の制定、この法律によって市民が気軽に農地を借りて、家庭菜園ができるようになりました。このほかにも「農山漁村活性化法」、「有機農業促進法」の制定、「農地法」、「競馬法」、「漁業災害補償法」の改正等です。「農地・水保全向上対策」の制度も作りました。これは地域との協同による農地・農業用水等の保全や管理、農村環境をまもる活動を支援するものです。


Q10:能登半島の世界農業遺産の認定に携わっていたというのは本当ですか?
A10::農水省で国際問題の責任者をしていた時に、友人の あん・まくどなるどさんから「能登半島を世界農業遺産にしたい」というご相談がありました。「全面的に協力しますよ」と応えました。
世界農業遺産の候補地になりそうな場所は、全国各地にあったのですが、まず、日本での世界農業遺産の認定第1号の道筋をつけることが大事だと考え、能登を推薦することにしました。今では熊本、静岡など8地域の世界農業遺産が認定されています。


Q11:農林水産省での最後の職の「農林水産審議官」は事務次官級のポストだと聞いています。どのような仕事をしていたのですか?
A11:世界農業遺産の仕事もこの時でしたが、日本の食料に関する国際交渉が主な仕事でした。WTO(世界貿易機関)での貿易交渉や、TPPに日本が参加するかしないか、参加するとどのような影響があるか、といったことを検討していました。


Q12:どうして国会議員になったのですか?
A12:公務員退職の際に参議院議員選挙のお話しがありました。これまでの公務員として行政に携わっていた経験を地域の為に活かせるならば、と決心しました。


Q13:こうみると、順風満帆の半生ですね。
A13:選挙の活動中「波乱万丈の人生でないとウケないよ」と言われて困りました。これまで30数年間公務員で、目の前の仕事を精いっぱいしてきました。選挙の際に何かストーリーを、と言われても思い当たらなかったんです。公務員時代も、現在もモットーは「コツコツと誠実に」です。


Q14:最後に、一番やりたい政策はなんですか?
A14:地方の活性化です。地方を元気にすることは、私の公務員時代のテーマでした。これからもその延長戦で、地方の元気を取り戻すことに自分の行動の原点を置きたいと思っています。アベノミクスで景気がよくなっているといいますが、地方は「まだ」という声もあります。私は都市部だけの景気回復では、日本が良くなったとは言えないと思っています。
石川県は豊富な自然や美味しい食べ物、能登の里山里海や加賀野菜などを活かして、地域の発展に貢献できるのではないかと思っています。



山田しゅうじ 突撃インタビューQ&Aは「みわちゃんねる 突撃永田町」(2014年8月6日放送)に出演した際のインタビュー内容に加筆をしたものです。番組では、議員の人柄をよく引き出してくれていたと思います。インターネットで公開していますので是非ごらんください。

https://www.youtube.com/watch?v=7F62KLAFGJA
「みわちゃんねる 突撃永田町」(2014年8月6日放送)